アダルトチルドレン・プラケーターとは何か
心理学講師SATORUです。身体から心にアプローチすることを専門にしています。
今日はアダルトチルドレン(AC)のプラケーターについて、実際に講座を開いてきた経験を赤裸々に話します。
アダルトチルドレンとは、機能不全な家庭環境の中で育ち、子どもでありながら「子どもらしくいられなかった経験」を持つ人を指します。
ポイント
機能不全家族とは家庭が本来持つべき「安全基地」としての役割を果たせず、家族メンバーの心身の健全な成長や情緒的なニーズが満たされない家庭環境のこと
機能不全家族で育ったアダルトチルドレンはある「役割」を演じるかのような生き方となります。
その中でも「プラケーター(Placater)」は、争いや不機嫌、緊張を感じ取るのが非常に早く、場を丸く収める役割を無意識に引き受けてきたタイプです。
家庭の中で誰かが不安定だったり、怒りや嘆きが日常的にあった場合、プラケーターは自然とこう学びます。
「自分が慰めれば、この場は安全になる」
「自分が我慢すれば、空気は壊れない」
その結果、大人になってからも人間関係の中で同じ役割を繰り返すことになります。
プラケーターは「慰め役」

プラケーターの最大の特徴は、
他人を慰めることで、自分の存在意義を見つけ、自己肯定感を得ていることです。
誰かが落ち込めば放っておけず、誰かが不機嫌なら理由を探し、「大丈夫だよ」「あなたは悪くないよ」と声をかけます。
よく言うと、とても優しく、思いやりがあり、「いい人」「気が利く人」と評価されることも多いでしょう。
しかし反面では、
・だれかを慰めていないと不安
・必要とされていないと自分の価値が感じられない
・人に感謝されないと幸せになれない
そんな条件が自分を縛っています。
プラケーターにとって「慰めること」は、単なる優しさではなく、自分の存在を保つための役割になっているのです。
それは自己肯定感を得るための条件と言い換えられます。
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なぜプラケーターという「役割」を背負うのか

プラケーターは、生まれつき優しい性格だからそうなったわけではありません。
多くの場合、環境の中で「そうならざるを得なかった」のです。
家庭の中に
・感情が不安定な親
・愚痴や嘆きが多い大人
・不機嫌が空気を支配する場
こうした要素があると、子どもは無意識に「安全な立ち位置」を探し始めます。
そこで選ばれやすいのが、「慰める」という役割です。
嘆く親と慰める子どもの関係
プラケーターが育ちやすい家庭では、親のほうが感情的に「子ども」になっているケースが少なくありません。
・母親が父親への不満を子どもにこぼす
・父親が人生の愚痴を聞かせてくる
・「あなたしか分かってくれない」と言われる
こうした関係性の中で、子どもは次第にこう学びます。
「自分がしっかりしなければ」
「この人を支えないと、この家は崩れる」
本来、守られる側であるはずの子どもが、感情のケア役を引き受けてしまうのです。
この時点で、
自分の気持ちよりも、相手の感情が優先される回路が出来上がります。
末っ子に多い「自分の役割を探す心理」

プラケーターは、末っ子や年の離れた下の子に多く見られます。
すでに
・しっかり者の兄姉
・問題児として注目される兄姉
がいる家庭では、
「自分は何をすればこの家で居場所があるのか」
を敏感に察知する必要があったからです。
そこで選ばれやすいのが、
・空気を和ませる
・親の愚痴を聞く
・感情のクッション役になる
というポジション。
これは生き残るための適応です。
「役に立てば、ここにいていい」この感覚が、深く体に刻まれていきます。
「必要とされること」が安心になる
こうした環境で育つと、安心の基準がズレていきます。
・愛されている → 安心
ではなく
・必要とされている → 安心
になるのです。
誰かの相談に乗っているとき
誰かを慰めているとき
誰かに頼られているとき
その瞬間だけ、心が落ち着く。
逆に言えば、何も求められていない状態が不安になります。
人の世話を焼くことでしか保てない自己肯定感

プラケーターの自己肯定感は、「人の役に立っている時」だけ安定します。
その瞬間だけ、「自分はここにいていい」と感じられるのです。
逆に言えば、何もしていない自分誰の役にも立っていない自分には、価値を感じられません。
それは高い自己肯定感ではなく「条件付きの安心」
一見すると、「人に優しい」「自己肯定感が高そう」に見えるかもしれません。
でも実際は真逆です。
プラケーターの自己肯定感は、
・役に立っている
・感謝されている
・相手が自分を必要としている
という条件が揃った時にだけ保たれる、とても不安定なものです。
条件が外れた瞬間、一気に不安・虚無・無価値感が押し寄せます。
感謝されないと不安になる本当の理由

感謝されないと不安になるのは、「欲張りだから」でも「承認欲求が強いから」でもありません。
それは、
「役に立たない自分=見捨てられる」
という無意識の前提があるからです。
だからプラケーターは、
・相手が元気になると不安になる
・相手に自立されると居場所を失った気がする
・「ありがとう」が減ると焦り始める
という矛盾した状態に陥ります。
だから無意識に「困っている人」を探してしまう
ここで、少し厳しく、しかしながら克服に必要なことをお伝えします。
プラケーターは、無意識に「困っている人」を探しています。
そして、
・支え
・慰め
・世話を焼き
・感情的に振り回される関係に
自分から入っていくのです。
これは性格の問題というよりも、それしか自分を保つ方法を知らなかっただけです。
人を支えている自分でさえいれば、安心できた。存在していいと感じられた。
関連知識
→機能不全家族と引きこもりの関係|子供は別人格であるという親の覚悟。
自己肯定感が育たない理由|根拠のある自己肯定感と根拠のない自信

ここまで読んで、
「じゃあ、どうすれば自己肯定感は育つのか」
と思った方も多いはずです。
その前に、
そもそも“自己肯定感には質の違いがある”という視点が必要です。
当協会では自己肯定感を、次の2種類に分けて考えています。
根拠のある自己肯定感とは何か
根拠のある自己肯定感とは、
「〇〇できている自分だからOK」
という条件付きの肯定感です。
・人の役に立てている
・ちゃんとしている
・期待に応えている
・感謝されている
こうした“根拠”がある間は、自分を肯定できます。
プラケーターが安心できるのは、まさにこの状態です。
でもこの自己肯定感には、決定的な弱点があります。
根拠がなくなった瞬間、全てが崩れ、自己否定感に襲われるということです。
誰かの役に立てなくなったとき
感謝されなくなったとき
必要とされなくなったとき
自己肯定感も一緒に、音を立てて崩れていきます。
根拠のない自信とは何か

一方で、根拠のない自信とは何か。
それは、
・役に立っていなくても
・何も生み出していなくても
・誰かに必要とされていなくても
「それでも自分はここにいていい」と感じられる感覚です。
人間は通常、社会的な成果や、人の評価、技術、など「クオリティ」を問われる世の中に生きています。
それが先述した「根拠のある自信(条件つきの肯定)」です。
それを求めるなと言うような美しいことを言っているのではありません。求めるのは当たり前です。
しかし、それだけで自分の価値を決めていると、根拠がなくなるのが非常に怖くなります。
ここでいう「根拠のない自信」とは無条件の肯定と言い換えられます。
それはそこに存在するということに、何の条件も必要がないという意味です。
・人気がるから、朝日と美しいと言っていいのですか?
・仕事ができるから、太陽の下で笑うことが許されるのですか?
・お金持ちだから、小川のせせらぎの音を聞いて良いのですか?
そんなわけはないですよね。
では・・・
・人の役にたつから、存在していいのですか?
答えはあなたが言ってください。
そんなわけはない。何もなくても存在して良い。
と。
この話は当協会の目玉コンテンツであり、通称「二層式の自己肯定感」とまるで魔法瓶のように呼ばれています。
\ 自己肯定感について無料で学べます /
プラケーターから抜け出すために必要なこと

ここまで読んで、「自分もプラケーターかもしれない」と感じた人もいるかもしれません。安心してください。これは人間性の欠陥でも、メンタルの弱さでもありません。
ただし一つだけ、はっきりさせておく必要があります。何も知らないままでは、抜け出せません。
なぜならプラケーターは、「優しくなろう」「理解しよう」と努力すればするほどこの役割を強化してしまうからです。
まず「自分は何を根拠に自分を肯定しているのか」に気づく
最初にやるべきことは、行動を変えることではありません。
自分が何を根拠に「私はOK」と感じているのかを正確に知ることです。
たとえば、
・人の役に立てているとき
・感謝されているとき
・困っている人を支えているとき
このときだけ、少し安心していないでしょうか。
もしそうなら、あなたの自己肯定感は
「人の世話を焼いている間だけ成立する」状態です。
ここに気づかないまま、
・もっと自信を持とう
・自分を好きになろう
と思っても、土台がズレたまま上に積み上げることになります。
人の世話以外で自分を肯定できる方法を体得する

次に必要なのは、「存在の自己肯定感」(無条件の肯定)という考え方です。
結果から言うと、人は誰かの役に立っていなくても、存在しているだけで自分を肯定できれば良い。と言うのがゴールです。
ただ、その情報だけを知っても本気でそう思えはしません。
そこで、前段階として実践すべきは、
・誰かに褒められなくても
・自慢できるような結果が出なくても
・金銭的な報酬がなくても
何かにチャレンジしてみることです。
それにチャレンジしたとて、成功する保証がない。成功しなくても自分が行動してよかったと心から思える経験を積むこと。
この経験こそが
「人の役に立つこと」
「誰かを支えること」
がなくても、自分を肯定できることにつながります。
なぜなら、自分の幸せの基準が他者からの評価ではなく、自分で決めることができるようになるからです。
これを精神的自立と言います。
関連知識
→依存して自立できない方へ。依存からの脱却を知らないとずっと苦しいです。
怒り、嘆きに気づくことが回復のスタート

どうして人の役に立っていないと自分を肯定できなくなったのか。多くの場合は、幼少期の環境が影響していると言われています。
だから過去と向き合うワークが存在するわけですが、ここで大事なことをお伝えします。
多くの人が決定的な勘違いをするところです。
例えば、幼なき頃に、自分の軸で自分を肯定する力を奪ったような出来事を思い出せたとします。
具体的には、幼き頃の母に「お母さんの言うことをちゃんと聞いていればいいの!勝手にやっちゃダメでしょ!」
と強く叱られた経験。
注意ポイント
自分の過去と向き合うワークで、それを安易に許そうとする人がおられます。
しかしプラケーターに必要なのは「許すこと」ではありません。
むしろ逆で、怒りと嘆きに気づくことです。
・本当は嫌だった
・本当は腹が立っていた
・本当は寂しかった
でもその感情を出すと自分の人格が壊れる気がして、ずっと飲み込んできた。
その結果、
「優しい人」にはなれたけれど、「自由な人」にはなれなかった。
過去の出来事に怒るといっても、現在の母にその感情をぶつけるわけでも、攻撃するわけでもありません。
あくまで大切なのは、自分の内側にある蓋をした怒りに気づくことです。
この怒りに気づけるようになると、
・無理な要求にNOと言える
・慰め役から一歩引ける
・関係を選び直せる
ようになっていきます。
人を慰めなくても、幸せに生きることはできる

関係が壊れるのではなく、選び直せるようになる
慰め役をやめるとき、多くのプラケーターはこう思います。
「関係が壊れてしまうのではないか」
「冷たい人だと思われるのではないか」
でも実際に起きるのは、関係の崩壊ではなく、選別です。
・慰め役でないと続かない関係
・あなたが疲れ果てることで成り立っていた関係
それらは、もともと対等ではありませんでした。
あなたが慰め役を降りたときに離れていく関係は、
“あなたそのもの”ではなく
“あなたの役割”とつながっていた関係です。
それが終わるだけです。
そして残るのは、慰めなくても、一緒にいられる人間関係。
それを選び直せるようになることが、回復の一つの指標です。
ちなみに、逆に慰め役をやっていたから繋がれなかった人もいるはずです。世の中の人全員が慰め役を好きだと思ったら大間違いです。
もし人が離れて行っても大丈夫。新たな出会いが必ずあります。
プラケーターは「許し」を自分に強制してしまう

「最大の心の癒しは、相手を許すことだ」
こんな言葉を聞いたことがある人は多いと思います。
傷ついた心を癒すためには、相手を恨むのではなく、その人を許し、できればその人の背景や苦しみまで理解し、幸せを祈れるようになることが大切だ、と。
理想としては、とても美しい考え方です。間違っているとも思いません。
ただ、現実はどうでしょう。そんなふうに自然に心から許せる状態に、本当に人はなれるのでしょうか。
正直に言います。
(僕は日本ヨガ心理学協会の代表理事をしていますが)
僕自身、そんな気持ちになれないことの方が圧倒的に多いです。
それでも、多くのプラケーターは
「許す」という行為を、自分の感情を感じ切る前に、あるいは怒りや悲しみに触れる前に、義務のように実行しようとします。
- 怒ってはいけない
- 恨むのは未熟だ
- 許せない自分はダメだ
そうやって、本当は存在しているはずの怒り・嘆き・悔しさ・虚しさに無意識のうちに蓋をしてしまう。
それは「癒し」ではありません。自分に嘘をついている状態です。
感情を抑え込んだままの「許し」は、癒しになるどころか、感情の抑圧として身体や心に残ります。

実際、講座を続けてきてはっきり言えることですが、この状態が続くと、
- 抑うつ
- 不安
- 無力感
- 原因不明の体調不良
として現れるケースも少なくありません。心の問題が、身体の問題として表に出てくることもあります。
だからこそ、これは当協会のオリジナルメソッドとも言えますが、アダルトチルドレンの講座では、あえてこう言います。
「怒る」「嘆く」練習をしてください。
許す前に、理解する前に、綺麗な言葉に昇華する前に、
まずは
「本当はどう感じていたのか」
「何が悔しかったのか」
「どれだけ悲しかったのか」
そこにちゃんと触れること。
プラケーターが回復するために必要なのは、高尚な許しではありません。
自分の感情を、なかったことにしない勇気です。
おすすめの道(必要な人へ)

学ぶことや仲間を作ること。こういった、情報だけでない体験が絶対に必要です。
※ 自分に必要だと思った人だけ、辿り着いてください。
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